胸のつっかえがひとつ取れた

愛車オミウスに乗ってもう4年。走行距離4万キロで買った車も間もなく19万キロに到達する。
プリウスは100万キロまで乗れるよ」なんて都市伝説もあるが、普通車の買い替えの目安は20万キロと言われているし、乗り方が雑で傷も絶えないので、ここ最近は「傷を修理するくらいだったら買い替え」という選択肢がチラチラと頭をよぎっている。傷の修理だって車は数万円かかるのである。

中古車販売サイトで調べたら、似たようなプリウスは60万円くらいで買える。安くなったもんだ。しかも走行距離は3〜5万キロのものばかり。そしてプリウスは多少古い車種でもそこそこの値段で売れる。実際に先日オートバックスで見積もってもらったら、買取価格20万円弱との回答が来た。

つまり売り買いの差額の40万円で傷が完全に修復し、かつ走行距離が15万キロ程復活するのであるから、それは検討の余地があるのではないかと僕は考え始めた。

まぁ、簡単に40万円と言っても、その出費は大きいが。


そこで「買値」と「売値」の差を極限まで下げるために、価格ドットコムのページで見つけた「買取見積もりサイト」に登録をしてみた。あわよくばプラスマイナスゼロで乗り換えたい。


必要項目を登録フォームに記載して送信ボタンを押すと

1秒後に電話が鳴った。


なにこれ。(笑)自動システム?
おそるおそる電話に出ると、某中古車メーカーの営業の方からだった。自動音声ではなく、本物の人だった!

凄すぎる管理システムにちょっと引いた。(笑)


しかも、その電話中にバシバシ他社からの電話とメールが来るから、携帯がブルブル揺れまくる。


これはテロだ。


僕はそう思った。

1件の電話に出ている間に、不在着信88件!メール4件!

間違いない、中古車テロである。


しかし、電話をかけて来る人たちの対応はすごく丁寧なので、その後も鳴り続ける電話を1件1件受けながら、詳しく説明を聞いた。

そんな中、有名な「ガリバー」社から電話があった。
そのとき僕は年末からずっと胸につっかえていた「ある事件」を思い出した。

その日の日記はこれ。
http://d.hatena.ne.jp/omitaka/20151228/


長崎の大先輩、石橋さんに浦安のお鮨屋さんに連れて行ってもらった日のことだ。
日記の中に、ごく簡単に「ガリバーの創業者メンバーの方とご一緒した」と書いていて「失礼をしてしまったかも」と書いている。


これ、実はかなりの失礼をしていた。


酔いが醒めて、日にちが経てば経つ程、いろいろと思い出し始める。
これは「かも」ではなく「確実に」失礼をしていたのである。

その日僕はその石橋さんと共にお鮨屋さんのカウンターで会津の美味しい日本酒を浴びる程飲んでいて、ものすごく酔っ払っていた。そして気づけば隣に1人で飲んでいた年上の男性に話しかけていた。

冬なのになぜか半袖のTシャツだったが、優しい表情ですごく話しかけやすい雰囲気の男性だった。

話しかけた内容は全く覚えていない。(笑)

まぁ、旅先ではよくあることである。いちゃりばちょーでーである。


聞けば、その男性は「福島出身」で「ガリバーの創業者メンバー」だと言う。名前は「S」さん。(フルネームを漢字で覚えている。)

結果として僕がその男性に対し覚えていた情報はこの3点のみだった。

失礼な話だが、その時点で本当にガリバーの関係者なのかどうかは分からなかった。半袖のTシャツだし、名刺もないし。

だが、正直それはどうでも良かった。
いちゃりばちょーでーである。仕事以外での楽しいお酒の席には身分も何も関係ない。


すっかりお鮨屋さんで打ち解けた僕らは、石橋さんが僕の「絆」をカラオケで歌いたいということで、石橋さんオススメのスナックへと移動した。

スナックには1時間くらいいたのだろうか。
僕が覚えているのは、僕がチャゲアスのPRIDEを熱唱したことと、石橋さんの「絆」が超絶上手かったかったこと。カウンター8席くらいの小さいスナックだったこと。実に楽しげな写真が僕の携帯に何枚も残っていた。


しかしスナックと言えば、ウイスキーの水割り。
日本酒で既に泥酔しからのウイスキーは効いた。

その後、僕らはSさんオススメのお店へ。
そこでしばらく飲んだあと、近くのお鮨屋さんへ。
もうこの辺りの僕の記憶は断片的にしかない。

そんな状態になると、僕の悪い病気がで始める。


おうちに帰りたい病。


学生の頃から、酔っ払うと勝手に家に帰る癖があった。なぜだかは自分でも分からない。

しかも結婚してからは「終電を逃してはならない」という強い使命感があるので、その病気は悪化した。



そして僕は知らぬ間に帰った。


石橋さん曰く、突然「帰りましょう」って石橋さんを引っ張って駅まで行ったらしい。
泥酔してもちゃんと電車を乗り換えて家までは帰るから、帰巣本能は半端ない。終電にもギリギリ間に合っていた。



翌朝、自宅のベッドで目覚めて僕は青ざめた。


最後のお店のお会計はどうしたんだろう。


と。自分の財布からお金は減っていないし、そもそもSさんにサヨナラも言わず、勝手に帰っている訳である。多分。

そう、多分なのだ。そこすら覚えていないけど、ほぼ間違いない「多分」。。。


残されたSさんはその後どうしたんだろう・・・。嫌な気持ちになっただろうな・・・。


しかしSさんの電話番号も何も知らない。僕が覚えているのは「ガリバー」「福島」「本名」だけだ。


とりあえず検索してみた。


便利な時代だ。そしたらなんと!!


都内のガリバー系列の超高級ディーラーのチーフとしてSさんの名前が顔写真付きで載っているではないか。僕の携帯に残っている顔写真と全く同じ顔だ。さらに昨年歌いに行った須賀川で噂に聞いた「円谷マラソン」にもガリバー社の社員としてエントリーした記録が残っていた。

これは間違いない。本当にガリバーの人だった。


ある意味、ここまで分かってしまうのはネットの怖いところでもある。
僕の場合、名前でなく「歌う龍馬」だけで住所と電話番号まで分かる。自営業だから仕方ないが。


しかし、どうしようか迷った。
お店に電話するのはどう考えても迷惑だ。しかも万が一、Sさんも泥酔していて覚えていなかったらどうする。

いや、さすがに忘れないか。
こればかりはお詫びを伝えたい。


しかし、時は年末。
お店は既に年末のお休みに入っていた。電話するにしても新年を迎えてからである。


年越しから新年を迎えてまで、ずっと心の中でモヤモヤっとしていた。


そして1月上旬。僕はついに決行する。
「1度だけお店に電話をしてみよう」と決意する。

おそるおそる番号を押すと出たのは若い女性だった。なんと説明すれば良い。こんなに怪しい電話は滅多にないだろう。

とりあえずSさんに用事があると伝えると、商談中とのこと。

僕はまた夕方にお電話します、と電話を切った。


そして夕方に再びかけると違う男性が出た。今回はさっきよりも念入りに「どういったご用件でしょうか」と聞いてくる。


ほらもう、松尾という男から怪しい電話が来たと噂になってる。(汗)


やはり、会社への電話は非常識だ。余計怒りを買いかねない。

手紙を書くかとも考えたが、確実に伝わるかどうか分からないものを送ってもモヤモヤは晴れない。


そして僕はモヤモヤしたまま1月のツアーへ出た。


そして今日!ガリバーと予期せぬ接点が出来た。なんと、もういきなりうちまで査定に来てくれると言う!恐るべし中古車業界。

娘の幼稚園のお迎えまで少し時間があったので来てもらった。

若い男性のスタッフさんが来てくれた。


査定額は芳しくなかった。それなら修理して乗り続けるかな・・・、という金額だった。

終わり際、その男性に「Sさんって知ってますか?」と聞いてみた。普通に考えると知らないだろう。何千人と社員がいるだろうし、年齢も部署も違う。

でも、なんか、勘が働いた。


この運命はここに繋がっている気がすると。


すると!

Sさんは社内でも有名なお偉い方なので知ってますし、会う機会もあります。


とのことだった!

なんと!予感的中!奇しくもあの日からジャスト1ヶ月後である。


もう、ここを逃すと一生謝る機会がないかも知れない。

僕はそのスタッフさんに事の顛末を伝え、お詫びにと「へんぺいそく」のCDと、マラソンの汗を拭くための「千の葉タオル」をお渡しした。「何か問題が生じたら」と僕の連絡先も渡した。(と言うか、自宅の住所から車の査定額まで既に知られているが。笑)


おそらく近いうちにお詫びの言葉と共に渡されるだろう。
ひとまず、ずっと年末からモヤモヤしていた胸のつっかえが取れた。



P.S.
まさか数年後、Sさんから寄贈の「ガリバーカー」に乗って全国の高齢者施設・福祉施設を歌い回ることになろうとは、このときの僕は知る由もなかった。


・・・いや、お鮨屋さんの代金の請求書が届くかも・・・。(笑)

ではお聞きください、松尾貴臣で「絆」